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The dog sleeps with monkey

2016/01/01 金曜日

monkey_04.jpg
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| 16:35 | デコチチ | コメント(0) | ↑ページトップ |

Love Sheep

2015/01/02 金曜日

| 09:47 | デコチチ | コメント(0) | トラックバック(0) | ↑ページトップ |

猫の街

2014/07/02 水曜日

久々のデコチチブログですw

デコ家はお山に引っ越してくる前
世田谷の豪徳寺に住んでいた
豪徳寺は招き猫発祥の地
エコバックも饅頭もお土産も
猫猫猫…
だからなのかは分からないけど
家を持たない猫たちもたくさん暮らしていた

豪徳寺は猫の街
そんな猫たちの命を助けるために
保護してくれる優しい人たちもたくさんいた
そして、そんな猫たちや、もちろんそうでない犬や猫たちを
いつも笑顔で見てくれる先生がいた

デコがウチに来たのは7年前の春
はじめての犬だったから
デコ家はデコの一挙手一投足に歓喜するサポーターとなっていた
ウンチが柔らかかった日には病気じゃないか?
走り回った後もどしただけでも
何か悪いものを食べちゃったんじゃないか?
とにかく何かあるたびに
先生のトコに駆け込んだ

先生はいつも笑顔で
「今日はどうしました?」
と尋ね
デコハハの的を得ない説明も
デコハハの拙い日本語も
デコハハの長い話も
デコの空気の読めないパンチも
優しく最後まで頷きながら聞いてくれた
聞き終わった後先生は、言葉を噛み砕いて
ゆっくりと落ち着いた声でわかりやすく話はじめる
まずは飼い主を落ち着かせて
必要ならばデコの診察をしてくれる。
必要ない時は話しだけ聞いてアドバイスをくれる。
「今日は診察してないから診察代はいいよ」

そんな先生をデコも大好きで
散歩で診療所の前を通ると決まって先生を探す
見つかるまでテコでも動かない
恋する乙女の眼差しで先生を探す

診療所はこじんまりとしていて
待合室はいつでも犬猫で溢れている
診察室も通りから見える
調理場が見える料理屋は見たコトあるけど
診察室が外から見える病院は見たことない
それくらいオープンなのだ

だからデコはいつだって先生を見つけられる
何処かに必ず先生はいるからデコは先生を見つけると
そりゃあもう千切れるくらいの速さで短いシッポをお尻ごと振り
C.ロナウドばりのジャンプで先生に存在をアピールする
本当に犬や猫からも愛される先生だった

今でもたくさんの犬や猫、そして先生を愛する人たちが先生の帰りを待っています。
誤認なのか何か法に触れる行為があったのかは、然るべき調査ではっきりすると思います。
僕らは見守るだけしかできません。

でも、どんな結果になっても先生への信頼は変わりません。
デコのジャンプの威力もかわりません
シッポの振り具合だってかわりません
デコハハの拙い日本語もかわりません
先生を愛する人や犬や猫たちの気持ちが一つになって虹色に輝けば
アクシズの落下だって防げるはずですw

豪徳寺は猫の街から
いつの間にか先生の街になっています
人間以上に犬や猫の間では噂になっているはずです。
豪徳寺に行けば大丈夫ってねw
先生を待っている犬や猫がたくさんいます。
1日も早く帰って来てください
先生の街、豪徳寺に

テーマ : わんことの生活 - ジャンル : ペット

| 10:40 | デコチチ | コメント(1) | ↑ページトップ |

Heavy Beauty & Heavy Jump!

2013/01/01 火曜日

Frog_05.jpg

| 12:27 | デコチチ | ↑ページトップ |

木枯らし1号

2012/11/19 月曜日

人間は学習する生き物だ。
過去の辛い経験や失敗を糧にして
次に同じ失敗をしないように学習する。
そうやって自分自身を守って来た。
それが大人になる事だと思っていた。
けれど、どうしても学習出来ない経験が一つだけある。


   *     *     *     *     *


昔読んだ本にこんな一節があった。

「死は生の対極にあるのではなく、常に隣り合って存在している」

僕たちはいつも自分の欲望や希望、輝く未来ばかりを想像し
本質であるこの問題から目を背けている。
生きるという事は常に死を育んでいるという事実を忘れようとしている

だから、何の前ぶれもなしに自分の大切な人
(人ばかりではなく生を持つ全ての生き物)の死に直面した時、
改めてこの生きると言う意味を考えさせられる。

過去に何度も経験をしている筈なのに、決して学習することなんて出来ない。
その哀しみは、いつも新鮮なものであり、
どんな暖かい言葉や、同情や、誠意や、優しさでも和らぐ事はない。
自分自身が哀しんで哀しんで哀しみ抜いて抜け出すしかない。
それが生きるという事であり死を育むという事なのだ。


   *     *     *     *     *


昨日、東京では例年より23日遅れで木枯らし1号が吹いた。
それは、彼が大切な人達の哀しみを吹き飛ばすために吹かせたものかもしれない。
23日遅れたのは、彼の大切な人達に気持ちを整理する時間をくれたのかもしれない。
そんな優しい木枯らし1号だった。

万さん、たくさんの思い出をありがとう。
毎年木枯らし1号と一緒に帰ってきてね。

デコチチ


テーマ : わんことの生活 - ジャンル : ペット

| 13:40 | デコチチ | ↑ページトップ |

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